千椰子 作






荒野に風が吹き渡る。
一人立った麻子の制服のスカートの裾をなびかせながら。
太陽が名残惜しそうに西の地平線に近付いて行く。
その地平線から湧きあがるように、人が現れだす。
一人...二人....
五人のY商の女子達が、麻子を取り囲む。
どの少女も一筋縄ではいかないキツイ面構えである。
ブレザー方の丈の短いジャケットに、ボックスプリーツのスカートがこれでもかというほど長い。
荒野の六人は一人として口をきく者も無く、じっと睨み合う。
麻子を取り囲んだ輪がすっと崩れて、前から後ろから同時に突進してきた。
截拳道を学んだ麻子は、特に身構える様子も見せず、すっと右腕を出し前から来る相手にいきなりビルジーを決める。
ほとんど同時に上体を倒し左足を大きく上げ、左後方から来た一人の鳩尾に蹴りを入れる。
この間、ざっと2秒ほど。
残った三人の口から、うぉぉ!というような声が上がる。
一層エキサイトした一人が掴みかかってくる。
その手をパーリングで防いだ麻子は、相手の制服の襟首を掴み、軽く投げ飛ばす。
同時にかかって来た一人が麻子の腕にしがみ付く。
くるりと鮮やかに右回転した麻子は、なお腕にしがみ付いたままの相手の喉笛に肘打ちを入れる。
投げ飛ばした相手が、必死に縋ってくる。
その顔に膝を落とす朝子。
すっくと立ちあがる。
残りはあと一人。
でかい。
視線で人が殺せるなら、その目は麻子を切り裂いていただろう。
「コンノヤローー!」
絞り出すような声でそう叫ぶと、巨体女は麻子に向かい距離を縮めるとパンチを繰り出してきた。
麻子はその拳を顔面直前で両手で受け止める。
そのまま、左下に投げ下ろすとよろめき下がってきた相手の顔面に膝をのめり込ませる。
グシャと気味の悪い音がして、相手のつぶれた鼻から鼻血が噴出す。
フッ。
麻子は軽く息を吐いて、その場から立ち去る。
うめきながら残った五人の上に枯草を舞い散らせながら、風が吹き続けている。

暗転



「麻子〜っ、もういい加減で起きなさいよっ!遅刻するわよ〜。」
ああああ、煩いなぁ、もう、わかってるわよ。
我が家の毎朝の儀式、ママの大声目覚まし。
ふぅぅぅぅ。
ぬくぬくしたベッドの中で、あたしは大きく伸びをする。
明け方見たのだろうか?夕べの夢をはっきり覚えている。
格好良いファイトだったよなぁ。
あんな風に動けるようになるには、どうしたらいいんだろう?
寝惚けた頭でぼんやり考えていると、追い討ちのママの叫びが....

あたしは加東麻子。
西の外れに近い東京に住む高校二年生。
良くも無く、悪くも無く、ごく普通の女子高生だと思うんだけど。
あ、勉強はね、ちょっとできる方かな、なんたって学生の本分はお勉強でしょ?
ただねぇ、あたしにはちょっとした秘密がある。
それはねぇ、魔女だったんです!って、嘘よ、あのね、喧嘩大好きだってこと。
喧嘩好きだからって、別に今流行りのスケ番とかじゃないの。
ああやって変な事して悪目立ちするってのは、頭悪いと思うのよ。
それにいわゆる不良ってさぁ、どんなに突っ張ったって精々学校の規範に反抗してるとか、親を困らせて嬉しがってるってだけじゃない?
それってさぁ、幼稚だよね。
キャンディーズとかピンクレディーの振り付けをいち早く覚えて歌い踊ってる子達と、何の変わりも無いじゃない?ねぇ?
でもね、普通の子でいながら喧嘩好きってのも、結構大変なのよ。
創意と工夫が無くちゃ、できないのっ!この稼業は。
稼がないけどさ。

学校が終わると塾の無い日にはあたしは一目散に源ちゃんのお店に行く。
スケベオヤジの溜まり場になっている源ちゃんのお店は、表は普通のアダルトショップなの。
でも裏に廻ると、あちこちの高校や中学の制服やら、誰が着てたんだか不明な下着やらを売ってるいかがわしいお店。
勿論あたしは表から入ったりはしない。
一階はスナックなんかが入ってるビルの地下にある「アトモス」(源ちゃんのお店の名前ね)に顔出す時には、あたしは特別に教えてもらった
従業員用の裏口からこっそり入るの。
真面目でお勉強ができて普通だと思われてるあたしがこんな所に出入りしてるってばれたら、みんな泡吹いて倒れちゃうんじゃないかな?
ママには塾の無い日は図書館で勉強するって言ってあるの。
こういう時、普段の行いが普通だと得なのよね。
絶対に疑われないもん。
アトモスであたしは、他の高校の制服を借りるの。
うふふ、上手い手でしょ?
これであたしは何処の誰だかわからない、正体不明の女子高生になれちゃうってわけよ。
この世の中であたしの喧嘩好きを知ってるのはアトモス主人の源ちゃんだけ。
あたしと源ちゃんは、この町にあるボクシングジムを覗いてる時に知り合ったの。
あたしがあんまり熱心に覗いてるんで、驚いたんだって。
それで声かけてくれて、ひ弱っぽい源ちゃんって全然恐くなくて、あたしの方もついつい安心して一緒に行った茶店であたしの秘密と悩みを
ちょっと話しちゃったのが始まり。
その頃は喧嘩したくてたまんなくても、どうやったらできるのか分らなかったのよ。
それでボクシングやってる男の人達って良いなぁって覗いてた。
源ちゃんは「どんな喧嘩したのか後から教えてくれれば...」ってね、商売物の制服だのツッパリカバンだの貸し出してくれることになったの。

アトモスで他校の制服を借りると、あたしはちょっと離れた沿線まで遠征する。
近場はね、やっぱりマズイでしょ?
源ちゃんとあたしの間では「横浜線荒らし」だとか「総武線荒らし」だとか呼んでるんだけど。
電車に乗ってちょっと離れた所まで行って、喧嘩してくれそうな相手を見つけるとガン飛ばしたりちょっと肩をぶっつけたりしてみるわけ。
そうするとね、ホラ、その手の子って単純なのが多いじゃない?
「ぁんだおぉ?」ってな具合にすぐ乗って来てくれるのよね〜。
ああ、嬉しい。

好きこそ物の上手なれって言葉があるらしいけど、わたしはねぇ、喧嘩それほど強くないの。
夢で見たよな姿が理想なんだけど....
・相手が何人でもあっという間に倒しちゃう。
・自分にはほとんど指一本触らせないで勝負が決まっちゃう。
って、これは夢の世界よねぇ。
こっそり図書館で調べたら、かのブルースリーが截拳道ってのやってて、それが喧嘩必勝みたいな拳法で、カッコ良いのよねぇ。
一発必中って感じで。
でも現実に喧嘩してたら、そんなことありっこ無い。
それでもあたしは、もう少し格好良くスマートに戦いたいなって思う。
だって現実のあたし達ときたら、ほんと、てーんで情け無い喧嘩してる。
まるで幼稚園児の掴み合いみたいに。
ああ、これじゃ幼稚な不良のみなさんとあたしも一緒よね。

挑発した相手は地元の子だから、大抵良い喧嘩場所を知ってるの。
「あんた、良い度胸してんじゃん。ちょっと付合ってよ。」
とかなんとか言いながら、河川敷の橋の下だの、廃墟ビルの裏手だの、面倒臭い目が届かない場所に案内してくれる。
ほとんどの子は肉体勝負なんかあんまり経験無いみたいで、いきなり殴り合いになったりすることは無いのよねぇ。
つまんね〜。
最初はさ、色々口で言ってくるわけ。
「その制服、見慣れないけどあんた何処のモンなのよ。」
「あたい等が誰だか判ってガン飛ばして来るのかよ?」
だの、色々面白い御託を並べてくれる。
最初の頃はさぁ、あたしも慣れてなかったから「うっせぇなぁ。」とか言い返してた。
でも、それやってるといつまで経っても始まらないのよ、肉体勝負が。
こっちは良い感じに全身バランス良くアドレナリン行き渡ってるってのにねぇ。
それで編み出したのが、無言ニヤニヤ兆発。
これはねぇ、効くわよ〜。
相手が何言っても、黙〜ってただニヤニヤしてんの。
そうすると、相手の沸点下がるっつか、すんなり勝負に入れちゃうのよ。

「テメー!」とか言いながら、掴みかかってくる。
あたしは結構落ち着いてるから、相手の動きがよく見えるんだと思う。
大抵の場合、最初は相手の手を振り払ってパンチ一発決めることができる。
これはさぁ、あたしがお化粧もしてないしパーマもかけてないし、着てる制服だけはゾロゾロしてるけど、なんかぬるく見えるんじゃない?
で、相手はすっかり舐めてくれちゃってるのよね。
でも、一発決めた後は相手もちょっとびびるから、もう少し真剣になってくる。
こうなってからが面白いのよ〜。
もうそこら中めがけて手が伸びてくるし、髪の毛掴み合うし、蹴るわ殴るわ噛みつくわってね、もうもう何でもあり。
カッコ良く立ったままの喧嘩なんか夢のまた夢よ。
ぐちゃぐちゃのドロドロ。
掴み合ったままお互いヒーヒー言ってるしねぇ。
くんずほぐれつってのは、あのことわだね。
見苦しいったらありゃしない。
でも、あたしにとっちゃこういう世界しか無いんだし、この血湧き肉踊る感じは他には絶対に無い。
ビューティーペアとかさ、女子プロレスって世界があることも知ってるんだけど、ちょっとね、あたしにとっては違うよなぁって気がするの。
やっぱ、どんなにダサくてドロドロしてても、喧嘩なのよ、実戦真剣勝負。

難しいのは引き際なの。
相手を全部ノックアウトしちゃえれば、あの夢みたいにフッて笑って立ち去れるんだけど、現実にはそうはいかないから。
相手の人数が少なくて、どっちもドロドロだったりすると、うまく逃げられることもある。
オトシマエ、とか言われることもある。
そういう場合は、借り制服が多いに役に立つわけよ。
身分が分る物なんて、あたし何にも持ってないから、「〇高の〇×〇子です。」ってテキトーなこと言っちゃう。
「今お金持ってないから、明日にでも届けに来ます。」とかね。
相手はさぁ、まさかあたしが偽モンだとは思ってないから、学校の名前とあたしの偽名前を聞いただけで結構安心しちゃうのよ。
「学校と名前わかってんだからね、逃げようたってそうはいかないよ!」なぁんてすごんでくれちゃう。
勿論、あたしはバッくれよぉ。
楽しませて貰っていてお礼もしないのは申し訳無いけど、逃げるが勝ちでしょ?
逆に「あたい等相手に一人でここまでやるって、良い根性してんじゃん。」なんて言われて、仲良くなっちゃうこともある。
これもねぇ、ほとんどの場合、偽名乗りして逃げちゃう。
だって、正体ばれるのは絶対にイヤだし、ツッパリのお仲間なんか別に欲しく無いんだし。

喧嘩の後のドロドロは、どこか公園とか駅のトイレでできる限りきれいにする。
怪我してたりすることもあるけど、それは源ちゃんが簡単に手当てしてくれたりする。
困るのは、顔なのよねぇ。
最近ではなるべく顔は守るようにしてるんだけど。
一度なんか、右目の周りしっかり青タンできちゃってさ、ママには学校の廊下で友達と正面衝突したとか、苦しい嘘だわ。
制服も破れたり汚れたり、売り物になら無くなっちゃうんじゃないかって心配なんだけど...
源ちゃんは「こういうの好きなお客もいるから大丈夫。」って、ホントなのかしらねぇ?
「実戦喧嘩で破れたセーラー服なんて言ったら、どんな高値だって出すって変態ちゃんはいるのよ、この世の中にはね。」
だって、なんだかあたしには信じられないわ。

さて、明日は何処を荒らしに行こうかな〜?









             つづく....              


Copyright (c) 2005 千椰子