リハビリテーション(仮題)

 
 
 
 
 
 
不思議なほどごく普通に時間は過ぎていく。
毎朝、目覚し時計のように同じ時間に目が醒める。
眠りに入る時間は毎晩かなり違っているのに。
そして.....
吸い寄せられるように画面の前に来て、電源を入れる。
切り離したいと思いながらも、もう、私の生活はこの箱の中に半分埋っている。
空疎な無機の世界。
自分が息吐く事のできる唯一の世界。

私は自分の生活を書こうと懸命になるけれど、書こうとすれば、それは「今日も一日画面の前に座ってキーボードを叩いていた」でしかない。
動いているのは、ただ目と手と脳。

ふとした瞬間に、人の関係の未来が見える。
そして、それはいつも的中する。
この特異な能力に気が付いたのは、いつ頃だったのだろう?
見えたとしても、私には何ら得るところは無い。
自分を思う通りにコントロールできはしないから。
いや、それどころではなくて、見えてストーリーを感じた瞬間に破壊衝動のようなものが私を支配する。

私はその瞬間を書きたいと思い始めた。
その欲望はどんどん膨れ上がって、私を呑み込んだ。
ああ、こんな事してちゃ駄目なのに。
という理性の声は、動く指、発する言葉を止められない。
まるで、何かに突き動かされるように。
私は攻撃的な快感を貪ろうとキーを叩き続ける。
止めど無く溢れ出る言葉達は、
何を壊そうというのか?
何を鞭打とうというのか?
 

「朝ご飯何か、食べたの?」
背中に涼子の声がして、生活の時間が始まったことを知る。
「いや。」
一言応えたまま、指はキーボードを打ち続ける。
「何か、食べたいものはある?」
「いや、今はいいよ。」
「そう....」
遠ざかる足音が聞こえる。
近づいてくる足音は全く聞こえなかったのに。
カタカタカタカタ、カチャッカチャ、カタタタタ.....
もう、私の耳には自分の打つキーボードの音しか聞こえない。
画面には、声の無い言葉が次々に映し出される。
ああ....彼女を送り出さないと.....
そう思いながらも、立ち上がらない。
はっと気がついて画面上のデジタル時計を見ると、もはや彼女の乗った地下鉄は隣駅に着いているだろう時間を示していた。
この時間感覚のズレに、未だに私は慣れる事ができずにいる。
ズレを知る度に、軽い眩暈を感じる。

今更席を立っても、することは無い。
自分の中にもがくような動きが起こるのを感じる。
それでも私は自分で無い自分の言葉を止めようとはしない。
自分で無い自分?なんだそれ?
一瞬浮かんだ言葉に気持ちがざわつく。
自分で無い自分なんてことは無いだろう?
こうやって言葉を打ち出しているのは、この私なんだから。
羅列する言葉はまぎれも無く、私の脳が発して私の指が打ち込んだものなのだから、これも全くの自分だ。
そんなことを考えながらも、指はキーボードを叩き続ける。
ああ、眠い.....眠気を感じたら、寝なくちゃ....
でも、席を立つ事はしない。
すっと席を離れられるのは、排泄の必用時と喉が乾いた時だけ。
カチャカチャ、カタカタカタカタ。
紡ぎ出され続ける、言葉の渦。
時々読み返してみるが、もう、その意味さえもわからない。
無意味な言葉なのか?
いや、これでいいんだ。
自問自答の一瞬を経て、また、キーボードの音は続く。

排泄の後、洗面所で手を洗いながら、自分の顔を鏡で見る。
え?これ.....
驚くほど顔が変わっている。
頬がこけて、目の回りが落ち窪んで、鼻梁は薄く尖り始めていた。
いつのまに.....
目を逸らすと、流石に危機感のようなものを感じて、台所に行く。
冷蔵庫を開けて中身を検分したが、食べ物の味を想像すると、どれも口には入らないような気がする。
咀嚼....
そう考えただけで、胃の辺りにうねりが生じて、確かな吐き気の予感がし始める。
ふぅっ。
ため息を一つ吐いて、電子レンジでマグカップ一杯のお湯を沸かし、ティーバッグの紅茶を入れる。
舌を焦がす熱い液体を二口飲むと、
戻らなくちゃ。
自然にそういう思いが浮かぶ。
ふらふらと、椅子に戻り座り込む。
落ちつく。
落ちつくと同時に、本当に自分は大丈夫なんだろうか?という不安も頭を掠める。
が、手がキーボードに乗った途端、不安は霧消する。

頭の中は、次ぎに打つ言葉を捜すことだけで埋め尽くされる。
こうして座っている限り、眩暈もダルさも頭痛も感じない。
無意識に肩を上げ下げしたり、首を回したりしている自覚はあるが、その辺りに不快感が有るわけでは無い。
感じないだけかもしれないが。
カタカタカタカタ
電話が鳴り始める。
気にもならない。
3回で呼び出し音は止まって、留守番電話の応答が始まったのを知る。
カタタタタタ、カタ、カタ、カタカタカタ
次々と言葉が浮かぶ。
目が乾く。
指先と頬や瞼の辺りに微かな痺れを感じる。
打ち続ける。
カタカタカタカタ
自分の周りの物が消える。
目の中の文字だけが増え続け、変化する。

突然、辺りの気配が動く。
「山本.....」
ゆっくりと首を回して、振り向く。
「木崎?」
「おまえ....何やってるんだ?」
「今、忙しいんだよ、邪魔しないでくれ。」

うう....木崎の後ろで嗚咽の声が洩れる。
泣いてる?誰が??
「もう...ずっとこうなんです....」
「奥さん....」
うるさいなぁ。
打ち込む文字は今が佳境だというのに、こいつ等は一体なんだ??
乱された思いを追い出して、私はまたキーボードを打ち始める。
カタカタカタカタ
邪魔された苛つきを込めて、打ち込みの音は高くなる。
カタカタカタカタカタ

「山本、兎に角、ちょっとそこから立ってくれよ。」
「忙しいんだよ。これを書き上げなくちゃならないんだ。何の用なんだ?」
「奥さんから電話を貰ったんだ、一昨日。」
「涼子が?」
一緒に暮らすものとしての彼女に対する認識がむっくりと起き上がる。
「そうだ、おまえの様子がおかしいってな。」
「おかしい??どういうことだ??」
振り向かずに尋ねた。
「おまえ、何もせずに一日中そこに座って何かを打ち込んでるんだって?」
「何もしないんじゃないんだ、こうやって書いてる。」
「最近ではほとんど寝ていないし、物も食べていないって言うじゃないか。」
「ああ、眠くないし、何も食う気がしないからね。でも俺はいたって普通だぜ。」
「いや、普通じゃないよ。自分の顔、見た事あるのか?」
「なんだよ!邪魔するなよ!!」
いきなり怒りが込み上げて、爆発する。
「帰れ!帰ってくれよ。俺をほっておいてくれ。」
「そうはいかないよ。山本....病院へ行かなくちゃ。」
「病院??俺は病気じゃないよ。そんな必用は無い。自分の体調くらい自分で分ってるさ。」
「いや、駄目だ。このままじゃ....」
「このままじゃ??なんだよ!!おまえ、会社はどうしたんだ??仕事はいいのか??」
「山本....今日は土曜日だ。会社は休みだよ。それに、もう夜だぜ。」
「え?」
カーテンがかかったままの窓を見る。
部屋の蛍光灯は点いている。
「夜....なのか....そうか....」
怒りがしぼんで、不安がうまれる。
私は....何をしているのか.....
「そうか。涼子の電話で心配して来てくれたのか。」
「そうだ。奥さんはおまえが....おまえが壊れていくんじゃないかって、心配している。」
「壊れて?....俺は.....大丈夫だよ。ごく普通だ。」
「いや、おまえ普通じゃないよ。その顔....」
「顔顔って、そんなにおかしいか?」
「ああ...やつれて、なんてもんじゃ無いぞ。そんな事していたら.....」
「していたら?なんだよ?」
「死んじまうぞ。」
「死ぬ??」
すっと顔面が冷たくなった。
そして暗転。
 
 

気がつくと、真っ白い部屋のベッドに寝かされていた。
目を開けると、涼子が心配そうな顔で覗きこんでいる。
「巽.....」
応えたいのだが、自分で自分を動かすことができない。
なぜだ?
腕が重い。
ふと目をやると、肘関節の内側からゴムチューブが伸びている。
腕だけでは無い、全身が重い。
硬いベッドに埋まっていくような感覚が有る。
重い.....何もかもが.....
帰りたい。
帰らなくちゃ、あの場所に。
今の自分を動かす力は、画面の前、キーボードの前のあの椅子に座ることでしか得られない。
早く....戻りたい.....
このままでは.....私は抜殻になる。
「戻してくれ。」
「え?何か言った??」
「俺を戻してくれ。あそこに。」
「巽....あなた.....」
「こんな所にいたら、俺は....俺は....駄目になってしまう。」
「駄目よ。あなた、自分の状況がわかってないのね。」
「俺の状況?」
「極度の神経衰弱からくる摂食障害による栄養失調と、睡眠不足の為の過労、ですって。しばらく入院して検査が必要らしいわ。」
「何だって?俺は、大丈夫だ。神経衰弱??頭がおかしいってことか??」
「いえ、そうじゃ無いの。疲れがたまってるだけよ....巽、しばらくここでゆっくり休んだら、また元のように元気になるわよ。ね?」
「休む?そんな暇は無いんだよ。あれを、書き上げなくっちゃ。」
「大丈夫よ。コンピューターは逃げやしないわ。あなたが元気になったら、また始めたらいいのよ。心配しないで....」
「駄目だ、駄目なんだ。今でなくちゃ、駄目なんだ。」
「巽.....」
「涼子、帰してくれよ、俺をあの場所に。あそこが俺の居場所なんだ。」
「それは....じゃ、今晩だけ。今晩だけでもここでゆっくり寝ましょうよ。」
「今晩?じゃ、俺の頭の中に浮かんでくるこの言葉はどうすればいいんだ?寝てたりしたら消えちまう。」
「大丈夫よ。ゆっくり休んだら、もっと別の言葉が生まれ始めるわよ。」

ぐーーっと意識が遠のく。
身体がさっきよりも重くなって、さっきよりも強く埋り込む感覚が湧き起こって.....
暗転。
 
 
 
 

彼女は中空に浮かぶ天使
臭いぞ、おまえら、あっちへ行け
自分の中の二つの脳領域は争う事もせず、もっと別のモノにとって替わられる
過去と未来は交差しやしない
眠りに入る時間は
まやかし
楽しいだけの毎日笑い合うだけの顔
書こうと懸命になるけれど
一生逃げて
可愛いだけの顔
手近なお粗末な軽いもので満足
転がる石になるには目を離してはいけない堅い芯が有ってでも誰もがそれを手に入れられるわけではない。
海の青に抱かれる
吸い寄せられるように
あんたが欲しがってたもの
タクシーでワンメーターで大阪駅
だから俺は
この特異な能力に気が付いたのは
悪辣な
自分だけを抱きしめられる
明日?明日ってなんだ?
胃が固まる
その感情もイビツに歪んで私は一切の突出に戸惑いながらも逃げ出せない現実からは
本の中の女は男を坊やと呼んでた。
醜い内臓
報復の手段はあれこれある
花々が咲き乱れて
行こう
自覚の無いのめり込みはまるで乞食のように見えるぜ。
どこまでも
嘘嘘嘘嘘嘘
未だに私は慣れる事ができずにいる
月が照る
到達できない域
そんな陳腐で薄っぺらなものなのです
天使が浮かぶ
臭う、自己愛だけの体液が溢れ出しているおまえは臭い
俺に微笑みかける
瞬間に破壊衝動
おまえ達のように図太い神経を持ち合わせてはいないんだ止めてくれ
それでいてか細く羽ばたく
舌が固まる
掴めないものを追ってどこまでもどこまでも行きたいんだどこまでもどこまでもいきたいんだ生きたいんだ
おまえらホント最低。
性欲の衝動誤魔化すな自分を
甘ったれ
辞めたいことはやめればいいだろ
歯を食いしばって
拡散する光りどこまでもどこまでもどこまでも
飛び散る血
舐める舐める舐める
迷い込んだ出口が無い暗いトンネル湿った空気黴の臭い
無垢な阿呆
スピード有って機微に反応する。
攻撃的な快感を貪ろう
愚鈍な
掻き回して漉して捨ててしまおうと思わせる。
うるさいぞ、おまえらの言ってること
騙すな、誰も
声の無い言葉が次々に映し出される
狭い世界しか知らないくせに分ったつもりになった方が距離が縮まったと感じるんだろうけどそんなの思い過ごしでしかない。
丘は春に包まれる
どんどん臭いも薄まって
私はあんたを安心させる為に生きてるんじゃない
厳島神社
世の中に取り残されてても
誤魔化し
被害者意識で抱き合う甘美な夕闇の中で蕩けると誤解しているただの劣情
好きでいられるもの
いい加減
羽はどこまでも大きく力強く
無心だと思っていた裏にとてつもない悪意とひねこびた根性を隠し持った
嘘臭い感傷の放置
麻布の坂
一体どこ見て言ってたのか解ろうともしない愚鈍さに辟易
組織は嫌い
もっとよく見て、そっちじゃないよ、もっとよく見て、どちらがホント
アホウドリ
確かな吐き気の予感がし始める
夢見る感傷で
攻撃と防御と思い込みと現実と曖昧模糊
誰がなんて言ったって
甘い過去を
あざけりは無神経には通じない
シャウトする
汚らしいだけ
誰かを操作しようと思えばそれなりの代償は必要になるのが当たり前でしょう。
いや、違う違う違う
自分が好き
どんどん小さくなって
明かに違っていた視点の位置が決裂の切っ掛けでは決して
疲れ気味
仕方無いと済し崩しにしたものの下敷きになるのは自分なのにな。
今歩いてる
ちっぽけなものになっていく
遠いところに住んでいる
狭い世界広げようとする苦痛を遠ざければ広がるはずも無いわけで
色っぽい
好き好き好き??
自分と同質のモノたちに埋もれて
起っている。
持て囃され始めた70年代のアンダーグラウンドに自分がいたって
外界と内実の離反
そうやって乙女らは消えていく
夢見てる
微かな苛立ちが段々大きくなって何もかもを突き崩す瞬間
肩が固まる
これっぽっちのと見えてもずっしりと重い滓
卑小な
秘密の飛沫が上がる
愚劣な
壊れる段階を何度目で追ってもそれを予測することなんて誰にもできやしないだろう
流れ出る血
猫アレルギーの人の多くは、自分の中に親密な愛が入ってくるのを恐れているんだ。
蒙昧な
普通の日常楽しいんだよ
享楽にしか興味が無い
アプレゲール
飽き飽きするみんな滑っていくだけだから
根源の相違
愛想尽かす上っ面だけのあんたの笑顔、仮面なのかいそりゃ。
いい子ちゃんになって
シカゴで轢死
SOHOで見たマーセイデス
自分だけが
羅列する言葉はまぎれも無く、私の脳が発して指が打ち込んだものなのだから
安心したい為の逃避
ふーわふわ
あんたは思ってなくってそんなの当たり前。
逃げ続けて
現実をひっくり返す意識の領域でなんか生きられやしない
高遠
指先と頬や瞼の辺りに微かな痺れを感じる
泥棒の末路は悲しくなんかないさ誰の末路も同じこと無くなるだけ消えるだけ一切合財が
喧喧諤諤うるさいぞ
太い声
縛り付けても殴りつけても例え殺したって思い通りにならない
何も分りはしない
すし詰めの車に乗って着いた所
秋葉原に置いた時
風上の風の強さ
いやいや、君の見ているものなんか全く価値の無いモノだったんだよ
フニャケ野郎
夜空は明るい
パリで情死ロンドンで首吊り
舐める
類稀なる天空からの啓示を受けし者達だけが行ける世界
そうやってババアになる
川でする魚釣りは
80%までなんとか確率を引き上げます。
僕と行こう
モンローとミロのビーナス
恰好のネタと逡巡している気持ちを弄んだつもりになっても絡め取られている親指
好きでいられるもの
ぼさぼさ頭
あくまでも、あくまでもそうだと思い込みたい頑固な無知さ加減には驚きと賞賛を感ぜずにはいられない
心に闇を持っていない表現者なんてものには
あたしが好き??
浅墓な
朝日が当たり始めると空気は冷えてさ迷うモノ達は居場所を探し始める
いつまでもやってろよ
読後になにかしら感情を残していけたら
反芻する感触は
嫉妬??何それ??
どんどん色が無くなって
脳の中に巣食って確実に増え続ける気味の悪い病気の種をぷちんぷちんと指で潰しながら
トラックが走っていく、砂埃を上げてまっすぐな道
露出好き
思い込みと思い込みと思い込みの地獄と
そうなのよ、そういう感じ
足に纏わり付く邪魔で蹴飛ばす
起っている。
俺は誰?どこに行こうとしてる?何をしようとしてる?何を掴もうとしてる?
カルキ臭い喉
上野の池
期待が薄いから手に入るものも薄いんだよ
到達できる域
焦ったってどんなに焦ったって憧れる場所への整理券は貰えそうもないね。
押すな!!
機械じゃない
勝鬨橋を渡って巨大なマンションを通りすぎると懐かしい風景が広がる懐かしい臭いが漂うホンのしばらくだけ
熱い砂、熱い砂の上の恋人達
ピンボールマシンに取りついて離れない浮浪者
不安定
チェコの衛兵のオーバーコートで涙を拭いた時夢が現実になる
自意識過剰っていやぁねえ
色男ぶってんじゃねーぞ、逃げるくせに
努力、努力と才能と運。
卑劣な
刹那しか持て無い
可哀想な私可哀想な私可哀想な私可哀想な私可哀想な私可哀想な私可哀想な私可哀想な私可哀想な私という美化
嘘臭い言葉の羅列
単純さで人を傷つける奴が一番始末が悪い
逃げろ逃げろ逃げろ
症状は回復に向かっていますなんて絵空事いつまで信じて生きていられるのか
抑圧された特性みたいな
不安を抱えろ
ヘィ!ボーイ!!最低だぜ帰り道に気をつけな
贋物はどんなに取り繕っても贋物でしかない怠惰に流される安易を受け入れる限りは
神秘?その前に現実に立ち向かえよ。
湧き上がる意欲に燃えあがる情熱そういうものを感じたという大きな誤解が立ちはだかる
糞にまみれた者達
汗が流れ落ちていた
一体俺に、どうしろって言うんだ!!